そう言って藤原克昭は受講生達が見守るなか、おもむろにバイクに跨がり8の字コースに進入する。「体重移動」今回のスクールのキーワードだ。バイクに立ったまま荷重の移動だけでバイクを旋回させる。左足に体重を乗せて左旋回、右足に荷重移動させながらニュートラル(左右平均)で直立・直進、そして今度は右足に体重を乗せて右旋回。「おぉーーーー」場内から声が上がる。
藤原克昭が新たに開催した「STE ライディングスクール」
STEとは、Safety Technique Enjoyの略。
安全、技術、楽しむ、その全てを兼ね備えてこそ真のライダー、その基本概念を基に、バイクに乗るための基本通の基本をもう一度教える。
開催場所は千葉県柏市・柏南自動車教習所。藤原の母校だ。
「オートバイは体重移動をすることで曲がります。左足に体重を乗せればセルフステアが働き自然と左に旋回します。この体重移動がバイクに乗るのには非常に大切。8の字には、加速、減速、旋回、体重移動、車輌感覚、速度コントロール、バランス感覚などバイクに乗るための全てが詰まっています。」
藤原克昭=サーキットでスクール、その先入観は見事に裏切られた
藤原克昭、この名前を知らないライダーはほとんどいないだろう。ロードレース世界選手:WGP、スーパーバイク世界選手権、アジアロードレース選手権チャンピオンなど、世界で闘い、認められた一流のレーシングライダーである。その藤原がライディングスクールを開催すると聞き、「サーキットでレーシングライダー育成かな?」と思ったところ、場所は「教習所」、しかも一般のライダーを対象に「安全運転者の育成を第一に考え、それに伴った技術を磨き、バイクを楽しむこと」をコンセプトにしたスクールだと言う。その先入観は見事に裏切られた。
「バイクは危ない。だからダメ」ではなく、「危ないからこそ危険回避の術を身につける」
藤原に何故このスクールを開催したのか、を聞いたところ「もちろんレース活動は必要だし、楽しい。だけどレースだけでは日本のオートバイ業界は拡大しない。まずはバイクに楽しく乗ること、安全に乗ること。特に安全に正しく乗る、その基本ができていない人が多いように思えます。だから事故を起こす、だからオートバイは危ない、というレッテルを貼られる。それが悔しいですね」
「バイクは危ない。だからダメ!が日本の風潮。確かにバイクは危ない乗り物です。でも、危ないからこそ、その危険性を理解し、危険を回避する術を身につける。バイクは安全で楽しい乗り物なんだ、と再認識して欲しい」だからこのスクールを開催しようと思ったと言う。バイクに乗ることが楽しいとわかればバイク人口も増えて裾野が広がる、そこを期待してこのスクールを始めた。
だから一般のライダーが対象、だから教習所を選んだ。教習所は試験に合格するための練習所ではなく、一般公道における危険性をも想定して作られたコース。ここで安全運転のための技術、バイクに乗るための基本の「き」を教える。レーシングライダーが特別にすごい事をやっているわけではない、と言う。「レーシングライダーも初心者ライダーもやっていることはみんな一緒。ただ自分達はその限界域が高い、というだけ」
STE ライディングスクールのプログラムは以下の通り。
9:30〜9:50 オリエンテーション:準備体操
9:50〜10:05 ウォームアップ走行
10:05〜10:30 ブレーキング
10:30〜10:55 スラローム
10:55〜11:20 S字
11:20〜11:45 クランク
11:45〜12:10 運転姿勢・8の字・慣熟走行
12:10〜13:00 お昼休み
13:00〜13:15 午前の部の講師感想、質疑応答
13:15〜13:25 ウォームアップ走行
13:25〜13:50 ブレーキング・スラローム
13:50〜14:15 S字・クランク
14:15〜15:15 講師先導による総合走行、講師とのタンデムライディング講習
15:15〜15:25 講師総評
15:25〜15:45 質疑応答/ファンサービス
15:45 解散
プログラムをご覧になればおわかりのように、もうお腹いっぱい、と言うくらい走る。また、藤原らしいといえばそうなのだが、時間通りには絶対に終わらない(笑)。一人ひとりキチンと個人指導したいので、気になる点があるとついつい時間をかけて指導してしまうので初回は終了時間を1時間もオーバーしてしまった。
基本を繰り返し繰り返し反復練習する、その中で“今まで気づかなかった”、“我流で乗っていた”、“教習所を卒業したら忘れた”、などに気付きバイクの本当の乗り方を体得できる、と藤原。
今回のスクール、定員は20名。藤原ほどのネームバリューからすると少ないようにも感じるが「一人ひとり観るには15名、最大でも20名が限界」「そりゃあ人数が多い方がビジネスとして成立する。だけど、走っているのを遠巻きにみてちょこっとアドバイスしただけでは技術なんて身に付かない」「個人個人のレベルに合わせたアドバイスを行って徹底的に反復練習する。それがSTEライディングスクールの考え方です」と藤原。
今回ゲスト講師として指導にあたった國川浩道も同じ事を言う。「サーキットのレッスンは、走った「後」にアドバイスする。でも、サーキットは広くて全てを見渡せない。自分の前を通る一部だけのアドバイスを走行後に行ってもどれだけ身に付くか。。。自分がレッスンするときは少人数・小規模(狭いエリア)で、全員をみながら、その場でアドバイスします」
藤原と國川、とにかく参加者の走りをずっと細かく見ている。そして気付いたことがあったら、その場で止めてすぐにアドバイスする。(だからスケジュール通りに終わらないのだが…(笑))
スラロームで「つま先の外側に力を入れて体重移動させてみて」とアドバイスを受けた女性は「信じられないくらいスムーズに曲がれるしリズム感がわかった」とコメント。
アドバイスは走りだけに留まらない。スラロームでフロントフォークの沈み方に違和感を覚えた藤原はその生徒に「イニシャル抜いた?」と質問。「ハイ、抜きました」「それでは、フロントフォークの正しい動きを感知できない」とフロントフォークのアジャスタをワンノッチ戻した。午後、本人に「どうだった?」と尋ねると「全然違いました。乗りやすくなりました!」とのコメント。
タンデムレッスンでバイク操作を実感
もうひとつ、STEライディングスクールの特徴がある、それは「タンデムレッスン」。藤原は、後ろに乗る受講生に自分が操作してポイントを教える。体重移動であれば「ここで右から左に移動」アクセルのOn/Offであれば「ここでアクセルを戻す・エンブレを効かせる」と、ややオーバーアクション気味に操作してみせる。これが効果絶大である。アタマではコーナーの手前でアクセルオフ、と思っていても実際にどこでオフにするのか、タイミングがわからない、と言う受講生が多い。しかし、タンデムの後は「藤原さんが言っていたOn/Offの意味がわかった!」と満足げであった。
危険を知り尽くしたライダーが安全運転を教える
筆者の持論だが、レーシングライダーほど「安全」を考えているライダーはいないと思う。レースは非常に大きな危険を伴うスポーツ、だからこそ彼らはレースに潜む危険を熟知している、危険な状態になったときの回避する術を知っている。もちろん勝つことが大前提、だけど同じくらい無事にゴールして次のレースに出る事も大事だ。200km/hを超えるコーナリングでもほんの数10cmの接近戦を演じられるのは、お互いを信頼し、尊敬し合っているからこその事だと思う。
世界で認められたレーシングライダー藤原克昭。その彼が「安全運転」を教える。これほど説得力のある講義はない。
「速く走る、より、安全に楽しく走る」
「ここでバイクに乗るための基本技術を身につければ、サーキットでも楽しく走れる」と言う。
基本ができていないのにサーキットで速く走ろうとする人が多いと藤原。それは転倒に繋がるし、要らぬケガをする恐れもある。せっかくの楽しいバイクライフがつまらないものになるかもしれない。そうならないように基本を正しく理解して欲しい、と言う。
「速く走る、より、安全に楽しく走る」それが一番だという。
「バイクは悪くない、バイクは楽しい乗り物」それを正しく理解して欲しい。
驚いたことに、STEライディングスクール受講生全員が「もう一度受講したい!」とリピーター希望なのである。
「体重移動や、ブレーキングなど教えてもらったけど、一般道で練習する気にはなれない、怖いから。教習所だから安心して練習できる」
「サーキット走行会だと、“行きたくないかも…”と思うけど、教習所だったらなんの抵抗もなく行ける。しかも藤原さんのコーチを直に受けられるなんてサイコー」
「教習所を“自分のバイクで”走れるなんて他にはないスクール。バイク免許を取ったばかりの人にこそ参加して欲しい」
「サーキット走行会だと「もう自分の順番?」と気分が重たくなっていたけど、今日は次の走行が楽しみで仕方なかった」
「目から鱗でした。バイクに乗る基本がこんなに難しく、大切だったなんて。ここでもう少し学んで基本を身につけたらサーキット走行会に参加したいです!」
これは受講者のコメントの一部である。
そしてなにより、受講者が全員とびっきりの笑顔でいたこと、それは藤原の思いがしっかりと伝わっていたことの現れであろう。
この「STEライディングスクール」は今後も定期的に開催する予定だ。次回は2月27日(月)、3月20日(祝)。正しく安全に乗るための技術を学びに行ってみてはいかがだろうか。
Photo & text : koma