「Team 51 GARAGE YAMAHA」の阿部恵斗の挑戦を追う第2弾。今回はチームメイトである西村硝との関係に迫ってみた。この二人、年齢が近いこともあり(西村が2歳年上)仲が良くお互いに良い刺激を受け合っているようだ。とはいえ、コース上では絶対に負けたくない相手。どこまでが本音でどこまでが上辺かまだ筆者にはわからないが。。。
先日、阿部恵斗に加えて西村硝のアジアロード参戦に向けて宗和孝宏が動いていると伝えたが、西村のスポット参戦が決まりこの二人で今週末の日本ラウンドSUGOに参戦することになった。どんな闘い方をするのか、さらにどんな会話が見られるのか、楽しみである。
性格がまるで違う二人
性格も違っている。阿部は想像できないと言ったら失礼だが几帳面。ピット内やトランポの中は整理整頓されている。一方西村は細かいことに気を取られない。先日宗和孝宏の家に二人で泊まりに行った時に西村が散らかした跡を阿部が全部綺麗に片付けたそうだ。
マシンセッティングでも二人の性格の違いが出てくる。阿部はどちらかと言うと細かいことはあまり気にせず「最後は自分(ライダー)がなんとかします」と言うスタイル。それはレース1にも出ていた。西村は細かくピースを一つずつ合わせていくタイプ。普段の性格とマシンセットの性格が逆と言うのも面白い。
SUGO大会は2レース制。土曜日に予選・レース1、日曜日にレース2を行う。レースウィークに入り天気が安定せず雨が降ったり止んだり。
天気予報では回復するはずだったが公式予選は雨。開始10分で阿部がリーダーボードのトップに立つ。残り2分を切ったところで1’40”491をマークしてポールポジションを獲得する。セカンドタイムもトップでダブルポールポジションを獲得。
「先週アジアで2レース戦ってきて、ダンロップとブリヂストンの走り方の違い、マネジメントの違いがわかってきました。走りに幅が出てきたと感じています」
西村は雨に沈んだ。1’42.249の12番グリッド:4列目。レース2は9番グリッド:3列目。
「雨は苦手です」とキッパリ。辻本によると「600ccのブリヂストンウェットタイヤの限界が高過ぎてどこまで行って良いのかまだ掴みきれていない」とのこと。「決勝はドライになると思うので勝機はあります」と強気な西村。
予選終了後、阿部が「俺の前にはだーーーれもいない!硝の前はたくさんライダーがいて大変だねー」と言えば「ドライなら恵斗の前に出てやるよ」と西村。この二人のやり取りから目が離せなくなった。
価値ある優勝
レース1。雨は止みドライコンディションとなる。阿部はホールショットこそ逃したものの長尾健吾、小山知良に続く3番手で2コーナーを立ち上がり、シケインへのアプローチで小山のインを鋭く突く。パッシングはできなかったが今後の布石となる攻めだった。シケインで非常にコンパクトなラインで小山に何回も勝負を仕掛けて6周目にパス。そして8週目には長尾をパッシングしてついにトップに立つ。
スタートしてすぐに阿部のブレーキがフェードしかけていたのでトップに立ってからリアブレーキで止まりフロントの熱を冷ます走りを続けた。「コース上に出たらあとは自分でなんとかします」と言っていた阿部、その言葉通り冷静にトラブルの対処方法を考えて走った。
西村は中盤グループにいたが徐々に順位を上げてくる。6周目に1’30″829のベストタイムをマーク、その後もトップグループと変わらない30秒台、31秒前半のタイムを刻み10周目に7番手、15周目には5番手にまで浮上する、
阿部と小山の一騎打ちとなったトップ争いは終盤19周目のホームストレートで小山がトップに立つ。迎えたファイナルラップ。背後からプッシュする阿部だが前には出られない。馬の背も小山が前。そのままSPアウトコーナーを立ち上がりシケインに進入する。
「勝負どころはここしかないと狙っていた」阿部。
「ここで来るだろうな」と構えていた小山のブロックラインのインに飛び込んだ。「止まれないかも」と思ったが強烈なブレーキングで前に出る。そのまま10%勾配を登り切りトップでチェッカーを受けた。嬉しい今季初優勝!
西村は16周目にセカンドグループの先頭に立ち4番手に上がるが、トップグループまであと1秒と言うところでチェッカー。「ドライなら恵斗の前に出てやる」の言葉は強ち無謀な話ではないのかもしれない。
海外経験も豊富なベテラン小山知良に競り勝った阿部の勝利は大きい。パルクフェルメに戻ってきた阿部は「オッシャーーー!」と雄叫びを上げて全身で喜びを表現していた。
「こんな風に競り勝ったのが初めてでした。しかも中盤からずっとトップを走るのも初めて。今までに無いプレッシャーの中で掴んだ勝利なので嬉しい、のひと言です。」
「やはり経験豊富な小山さん、引き出しが多くて追いつくことはできても抜くことはできませんでした。その小山さんに勝ったのは自分の中で自信に繋がると思います」
初表彰台が優勝
翌日曜日に20周のレース2が開催された。ホールショットは阿部が奪いオープニングラップを制するが、2周目の馬の背で羽田太河にかわされ2番手となる。
予選9番グリッド3列目の西村はスタートを上手く決めて6番手で1コーナーに進入、オープニングラップを5番手で通過する。
阿部と羽田は激しいトップ争いを展開する。5周目以降トップ羽田のラップタイムが1分31秒後半から32秒台で蓋をしているため先頭グループが10台以上の長い列となる。阿部は「ペースが遅いので前に出て引っ張ろうと思った」と7周目のシケインで羽田を刺す。しかしストレートが伸びる羽田がホームストレートで抜き返し思うようにレースが進まない。「このままワチャワチャしなくてはならないのか」と考えていた。
西村は5番手の位置から先頭争いを見ていた。11周目の馬の背、芳賀のインを突きクロスラインで横並びでSPインに飛び込む。SPアウトは芳賀が前、しかしシケインを制して3番手に浮上する。
その翌週のシケイン、今度は阿部よりもコンパクトなラインで2番手に浮上する。勢いに乗る西村は13周目の馬の背で羽田のインに飛び込みついにトップに浮上する!
シケインで阿部が2番手に浮上、51 GARAGEのワン・ツーで10%勾配を立ち上がる。
15周目のホームストレートで羽田が阿部をかわすと馬の背で西村もかわして再びトップに立つ。ここでシケインのコース上のマシンが残る転倒のため赤旗中断、14週終了時点の順位でレース終了となり、優勝:西村、2位:阿部で決着。西村は初表彰台が初優勝と言う快挙を達成した。
「序盤で前に出られたらチギろうと思ったのですが3列目スタートでは厳しくて後方から様子を見ていました。残り10周辺りからガツガツ前に行くことだけを考えていました。」「赤旗中断は残念ですが全日本の初表彰台が初優勝、素直に嬉しいです。」ドライなら自信がある、恵斗の前でゴールすると言っていたのが現実になった。「口先だけで終わらなくて良かったです(笑)」
一方2位で悔しい阿部。「序盤に前に出て自分のペースでレース運びをしたかったのですが、ストレートに伸びがある羽田選手を突き放すことができませんでした。ラスト7周くらいから“前に出て逃げるよりタイヤマネジメントして最後に勝負を仕掛けよう”と作戦を変更しました。その矢先の赤旗でした。。残念ですがチャンピオンシップを考えるとかなり優位に立っていると思います」
阿部は2位ー優勝ー2位で65ポイント、2番手の西村に16ポイント差、3番手の井手翔太には29ポイントもの差をつけてチャンピオン争いで優位に立っている。
認め合っているからこそのライバル心
開幕戦で辻本が「阿部恵斗と西村硝がワン・ツーフィニッシュしてくれる日を楽しみに待っています。」と言っていたが早くも3戦目で実現した。
辻本は「恵斗の課題はスタートから3周目まで」。スタート直後の集団の中での位置取りや捌き方が甘く、せっかくフロントローを取っても出遅れると挽回するまでにタイヤを使ってしまう。スタート直後のマシン捌きは西村の方が上手だと言う。
「硝の課題は雨。ドライなら勝てるはビッグマウス」と言う。だがレース1、レース2の西村の走りを見るとドライに絶対的な自信があることが伺える。
開幕戦で辻本が阿部に「正直、硝ってどう?」と訊いた。
「ハッキリ言って速いです」ボソっと答えたそうだ。
西村のゼッケン21は昨年のランキングを示す。阿部からしたら下位グループのライダーが加入してきたと考えていたかもしれない。その西村が開幕でいきなり5位入賞を果たす。一発のタイムも阿部と遜色ない。
「硝は速い」阿部の闘争心に火が付いたと思う。レース2の後「硝と一緒に走るようになってから自分のタイムアップのペースが早くなりました」と語った。
お互いに認め合っているからこそのライバル心、力量が近いからズバズバと言い合える。辻本は、力量が離れ過ぎていると上から目線になるし、下の方は自信をなくす。能力が近いから刺激を受け合いつつ二人でレベルアップしていく。良い関係だと言う。
岩城滉一監督の存在
今年から監督を務める岩城滉一さんもこの2人とチームにかける期待は大きい。
「これまではチームオーナーと言う立場でしたが今年は監督としてしっかり見てほしいと頼まれました。これまではお金払ってレースを観に来ていた感じですからね(笑)」 開幕戦から金曜日の朝からサーキット入りしている。これはチームのモチベーションも上がるだろう。
「チームも2台体制になりましたし、何より恵斗と硝、この2人のライダーが素晴らしい!僕にとっては孫みたいなものですよ。自慢の子どもたちです。」
「どんなに速くても人間的に尊敬されなくてはいけない。そのためのまず第一歩は挨拶です。礼節を重んじて感謝の気持ちを伝える。人として基本的なことをキチンとやれ、とうるさく言っています。」
そして、辻本は変わった、と岩城監督。「今まではプロに対してのリクエストだったので指摘点・言い方など全てが厳しかった。でも今は子供たちの話を聴いて、そのためにはどうすれば良いと思う?こういうのはどう?と彼らに考えさせ、落とし所を探りながらアドバイスしています。」
「我々のチームはプロチームではありません。偉そうなことを言うつもりはありませんが青少年育成を目指しています。目標を持っている若い子がいたら手助けしたい、私はもちろん宗和も辻本もその思いでレースをやっています。」
「そんなチームが昨日(レース1)みたいな勝ち方をするんですよ!ライダーとして一流の小山知良選手に競り勝った!こんな嬉しいことはありません。」
次戦はアジアロードレース日本ラウンドSUGO
最後にこのSUGOラウンドについて宗和に聞いてみた。
「恵斗は先週アジアでレースしてきて“勝つことが絶対条件”と言うプレッシャーの中で勝ってくれました。5回の優勝よりも価値がある優勝をしたことは自信に繋がるレースになったと思います。特にあの小山知良選手に競り勝ったことは大きいです。」
「硝は限られたウチの体制の中で文句も言わずよくやってくれています。もちろん今日の優勝はラッキーな部分もありますが、そのラッキーを呼び寄せたのは硝の普段の努力だと思います。」
「ふたりとも最後は気持ちで走るタイプですが、その手前のところでは綿密に考えて走る子たちです。その引き出しの数を増やすために辻本さんや自分がいます。本当によく頑張っている二人に感謝しています」
全日本の前半戦はここで終わり、残すはオートポリス、岡山、鈴鹿の3レース。阿部は6月のアジアロードレース日本大会SUGOに参戦する。宗和は西村をスポット参戦させるべく孤軍奮闘している。
阿部と西村、まさに「好敵手」と言う言葉がピッタリの関係だ。お互いに認め合うが故の闘争心。これは成長に繋がる。後半戦の闘いが楽しみになってきた。
Photo & text:Toshiyuki KOMA