2023年「Team 51 GARAGE YAMAHA」の阿部恵斗の挑戦を追う第5弾。オートポリスでの転倒をきっかけに歯車が狂い始めたが、最終戦鈴鹿できっちりとチャンピオンを決めた。
鈴鹿は苦手
岡山の不運から約2週間、最終戦鈴鹿に乗り込んできた。初日の木曜日はリアの安定性不足を感じた。金曜日のART走行で調整するもリアに合わせると他のバランスが崩れて上手くいかない。しかし木曜日・金曜日とトップタイムをマークする。
「鈴鹿は苦手です。でもこのタイムをマークできたのは順調な滑り出しかなと思います。」
悪い流れを断ち切るべく、自分でなんとかする、ではなくメカニックに要望を伝えてアジャストしている。
だが予選は失敗。出るタイミングを読み間違えた。クリアラップを取るために遅れてコースイン、翌周にタイムアタックを仕掛けたが速いライダーに引っ張ってもらうことを待っていた5-6台の集団に出会う。3周目にもう一度アタックしたが赤旗中断。その時点でタイヤの美味しいところを使ってしまい、再開後6周目にマークした2分11秒646が5番手タイム。ポールの長尾健吾とはコンマ5秒差。決勝はセカンドローからのスタートとなる。
「タイミングの悪いところで出会ってしまいました。先頭でコースインしていればフロントローには並べたと思います。予選後半は決勝に向けてアベレージを刻もうと思いましたがそれもできませんでした」と悔しがる。
西村は初日に転倒・骨折
西村硝に不運が襲いかかる。木曜日のFP1でトップタイムをマーク、その直後の最終シケインでハイサイド。本人は覚えていないがかなり飛んだらしく、右足人差し指、右手親指、左手中指の骨折を負う。金曜日の午前中は病院で治療、メディカルチェックでなんとかOKをもらい午後のART走行2本目を走行。だがそんな状態でタイムが出るわけがなく2分16秒158で18番手。満身創痍の状態で走ると言う気概が凄い。
「根性は素晴らしい、だけどノーポイントだったら走らなかったことと同じ。せっかく走るなら何としてもポイントを取って自分がレースに出た結果を残さないといけないと思います」
気概を以て臨んだ予選で4秒のタイムアップを果たす。2分12秒830で予選13番手。
「昨日の16秒台のタイムだったらセッティングも何も無いのですが、このタイム(12秒・13秒)で走れるのだったらセッティングを詰めたいと思います。身体に負担がかからない方向に振りたいと思います。何とかトップ10でゴールできればと思います」と決して諦めてはいない。
チャンピオン獲得!
迎えた決勝レース。5番グリッドの阿部はオープニングラップを5番手で戻ってくる。南本宗一郎、長尾健吾が先頭を引っ張るレース展開の中、中山陽介、伊達悠太との5番手争いを展開する。
鈴鹿も予選から流れが悪くなった。「予選でコースインさせるタイミングをチームが間違えたのが申し訳ない」と辻本。さらにチャンピオンが懸かっているプレッシャーから少し硬くなっている、とも指摘した。
「昨日からの流れからすると優勝争いは難しいと思っていました。転倒だけは絶対に避けなくてはいけない。なんてことを考えていたら残り5周になっていて焦って動きました」
4番手でファイナルラップに突入。井手翔太と南本のトップ争い。130Rで南本がオーバーラン、コース復帰したところで阿部と交錯したが最終シケインでインを刺して3番手に浮上、そのままチェッカーを受ける。この瞬間に阿部のシリーズチャンピオンが決定した!
オートポリスからの悪い流れを鈴鹿でも変えられなかったが今シーズンは全戦表彰台獲得。この安定感がチャンピオンに繋がった。
「全戦全勝を目標にシーズンインしましたが結果的には1勝しかできず悔しさは残ります。ですがチャンピオンを獲れるチャンスは滅多に無いので勝ちに拘ってタイトルを逃すよりチャンピオンをしっかりと獲ることに集中しました。今はホッと安堵しているのが本音です。自分を信じてサポートしてくれたチーム、スポンサー、ファンの皆さまに感謝の気持ちしかありません」
手負いの身体でランキング2位獲得の西村
満身創痍の西村。日曜日には痛みが増し、松葉杖無しでは歩けない状態。それでも決勝レースに出場した。自分の証を残すために。序盤こそ集団の中にいたが中盤以降は12番手を単独走行。前とは5秒、後とも5秒離れている。これで他のライダーとのバトルで転倒するリスクは無くなった。
西村が出場したのはもうひとつ理由があった。ランキング2位争いをしていた長尾健吾へのプレッシャーである。西村が14位以内に入れば長尾は優勝以外に道はなくなる。
「そう言う意味では長尾選手にプレッシャーを与えられたかな、と思います」
トップ争いをしていた長尾は10周目のMCシケインで転倒、戦列を離れる。西村は11位でフィニッシュ、ランキング2位を獲得する。
チームタイトルも獲得
「Team 51 GARAGE YAMAHA」はチームタイトルも獲得した。岩城滉一監督のもと、宗和孝宏、辻本聡がライダー二人を育てた。
「チームメイト同士のチャンピオン争い、最終戦の硝は残念でしたがよく頑張りました。恵斗は鈴鹿でも流れが悪かったですね。プレッシャーもあったと思います。去年の途中から恵斗のサポートとしてチームに参加。今シーズンは硝も加わりシリーズランキングでワン・ツー、チームタイトルも獲れるとは完璧のシーズンでした」と辻本。今年は主に西村をみてきた。「最初はどこの誰やねん、って感じでしたが、ここまで力を発揮できるライダーだったと言うのは嬉しい誤算です」
宗和にシーズンを振り返ってもらった。
「たらればですけど硝が怪我してなかったら優勝していたかもしれませんね、それくらい調子がよかったのに転倒が残念でした。恵斗は体が硬くなっていたし、そこに彼の弱さが出ていましたが全戦表彰台という安定感がチャンピオンに繋がりました。堂々と誇って良いと思います。
チームとしてワンツーで終われたのはハッピーですが、今年チームが大きくなったことで見えてきた課題や難しさを痛感しました。二人のライダーに完璧な体制で走らせることができなかったのは自分の責任です」
と最後までライダーを案じ、自らを責める姿勢は変わることがなかった。
シーズン当初、阿部からすると前年度ランキング21位の西村は、“あ、新しく入って来たライダーね”程度にしか思っていなかったのかもしれない。しかし徐々に頭角を著してくる西村を意識するようになった。
性格もマシンセットの考え方もまるで違う二人だが本当に仲がいい。何処に行くのもいつも一緒。しかしある時、二人にコメントをもらっていた際に阿部がスーッとその場から立ち去った。西村の考え方やマシンセットを聞きたくなかったし、自分のセットを聞かれたくなかったのだろう。その頃から辻本も「二人一緒のミーティングは止めるようにしました」と言っていた。
お互い“アイツには絶対に負けない”と意識するようになり、それが相乗効果として現れて二人を成長させ、チームメイト同士のチャンピオン争いにつながった。まさに“好敵手”の関係であった。
チャンピオンとランキング2位のライダーとして臨む今シーズン。どんな活躍をするのか楽しみである。
Photo & text:Toshiyuki KOMAI