オールジャパンで世界へ挑む!常識を覆した全く新しい枠組み「JAPAN-GP2」
2016年MotoGP日本グランプリ、レースの常識では考えられないマシンがもてぎのピットに佇んでいた。カウルにライバルチームのステッカーがズラリ。リアフェンダーには「Arai」「SHOEI」のステッカーが貼られている。チーム名は「JAPAN-GP2」。Moto2クラスにワイルドカード参戦するチームだ。ライダーは浦本修充。今年「Team KAGAYAMA」から参戦、開幕4連勝を飾る大活躍で現在(第8戦終了時点)ランキングトップをゆく弱冠22歳の若者である。
この「JAPAN-GP2」というチーム、母体は「Team KAGAYAMA」、そう、加賀山就臣が率いるチームである。
鈴鹿8耐にどデカイ打ち上げ花火を上げて成功させた
加賀山就臣と言えば、2013年鈴鹿8耐にレジェンドライダー:ケビン・シュワンツを自らのチームで走らせ、初参戦にして3位表彰台を獲得。翌2014年は現役Moto2ライダーのドミニク・エガーターを起用して3位表彰台。この時の活躍がMotoGP界でも注目され、世界で鈴鹿8耐に熱い視線が注がれ始め、ここ数年の鈴鹿8耐観客動員数は確実に伸びている。
さらに加賀山は2013年、当時ヤマハに在籍していた芳賀紀行を招聘、常識では考えられないことをやってのけた。2015年はBMWに在籍していた清成龍一を自らのチームに招聘した。
加賀山は日本の二輪レース界に様々な風穴を開けてきた。メーカー、チームの垣根を越えて日本を代表するひとつのチームで参戦するという今回の全く新しい枠組み、しかし加賀山にとっては当たり前の事であり、その伏線は以前から敷かれていたのかもしれない。
浦本は今年古巣のホンダからスズキ系のTeam KAGAYAMAに電撃移籍して驚かせた。開幕から連勝を続けて周囲はさらに驚く。「ナオ(浦本)が来た時点である程度勝てるだろうとは思っていた。チャンピオンを獲るつもりで参戦しているから、冷静に考えればワイルドカード参戦の可能性があることはわかるはずだけど、シーズン当初は全くそんなこと考えもしなかった」と加賀山。6月に入り周囲から「ワイルドカード、出てくださいね!」と言われて「あっ!」と気づいたという。
浦本はSUGOでも優勝、4連勝を飾りその時点でランキングトップ。ワイルドカード参戦の権利を得た。
加賀山は「ナオ、Moto2、出たいか?」と確認した。「ハイ!もちろん出たいです!だけどスズキへ移籍した時点で参戦は難しいと思っていました」と浦本。何故か?。。。
Moto2はイコールコンディションで争われるレースで、レースウィークに主催者(DORNA)からエンジンが支給される。そのエンジンはホンダのワンメイク供給。フレームも日本では入手しにくいメーカーなのでホンダ系以外のチームがワイルドカード参戦するのはハードルが高い。もちろん参戦するにはコストもかかるのでさらに厳しさが増す。だから手に入れた権利を放棄するライダーも多い。しかし加賀山はせっかく浦本が頑張って得た権利をなんとかして参戦させたいと考えた。
そこで加賀山が考えた方法はとんでもないモノだった。ライバルチームに協力を相談しに行ったのだ!常識では考えられないこの行動。
「ナオが今、全日本のトップの位置にいる。そのナオが世界でどこまで行けるのか、どの位置にいるのか、そのモノサシが必要だと思う」
「J-GP2のチームが一丸となり日本代表としてオールジャパンのチームとして参戦したい」そう言って加賀山は各チームを回って相談した。
すると、「面白いじゃん!年に一度くらいみんなが応援するチームがあっても良いかもね」と多くのチーム、企業から賛同を得られたのである。加賀山はその足でMFJ(日本モーターサイクルスポーツ協会)へ赴き大島会長にも相談、賛同を得た。
しかし、難関はまだ立ちはだかる。マシンをどうやって手配するのか?
加賀山は総合デジタルショップ「テルル」を傘下企業に持つ株式会社ピーアップの中込正典社長のもとを訪れた。中込社長は加賀山の申し出を快く受け入れ、Moto2マシンのフレーム「カレックス」を貸与した。「中込社長からフレームを借りられることになって「ヨシ、これでいける!」と確信したそうである。
次はエンジンだ。レースウィークまでエンジンは支給されない。そこでMoto2参戦経験のある「モリワキレーシング」の森脇緑さんが事前テスト用にエンジンの貸与をしてくれた。エンジンだけではない、エレクトロニクスや電装機器などMoto2独自のパーツやノウハウの提供も受けた。
加賀山は「自分ひとりでこの参戦はできなかった。みなさんの協力があって初めて世界の舞台に立てた」と感謝の念に堪えない。
ここで、今回のプロジェクトに賛同したチームにその理由を聞いてみた。(掲載は順不同、マシンカウルのステッカーを参考にしました)
「日本のレース界を変えるキッカケになると思った」
株式会社ピーアップ:中込正典社長
「加賀山さんからの車体を貸していただきたい、との申し出に対して二つ返事でOKを出しました。浦本選手の今年の活躍をみて「こう言う若いライダーが世界に出て行ける日本のレース界」でなくてはいけない、と思いました。レースに熱い思い入れがあるからこそ、そしてご自身で(レースに参戦して)動いているからこそ、日本のレース界を盛り上げる活動ができるのだと思います。日本人が世界チャンピオンを獲る、そんな時代になって欲しいです。」
実は中込社長、万が一の時のためにもう一台スペアのマシンをもてぎの自社ガレージにスタンバイさせておき「何かあれば全部使って下さい」と加賀山に申し出たそうである。
「しがらみや思惑などの障害、言いづらいことが多くあるのにキチンとスジを通して話してくれた、なかなか出来る事ではない」
MuSASHi RT HARC-PRO.:本田重樹代表
「ユキオ(加賀山)から「日本のJ-GP2が世界でどの位置にいるのかを測りたい」と聞いて快く協力したいと思いました。ナオの世界に出たい、という気持ちはウチ(ハルクプロ)にいたときから知っていました。しかし、それをかなえてあげられなかった。ナオが世界でどのくらいの位置にいるのか、ライダーとしてのポテンシャルを確認したい、ユキオがその夢を叶えようとしているならぜひとも協力したいと思いました。メーカーやチームの垣根を越えてできたこの枠組みをキチンと周りの人たちが理解して賛同した、ということがみんなの連携を深めると言う意味で非常に大きな意義を持つと思います。」
「日本代表として頑張って参戦しようとしているチームがあるなら、それがどこのチームだろうと協力するのが当たり前」
株式会社モリワキエンジニアリング:森脇緑専務
「シンプルに素晴らしいプロジェクトだと思いました。世界選手権は「日本対外国」の構図。「日本」として考えた時に、全日本ではライバルとして闘っているけど「日本」を代表して頑張って参戦しようとしているなら、ライバルだから、とか、メーカーが違うとか、そんな細かい事など考えず応援するのが当たり前。加賀山さんが私たちに出来ない事をやろうとしているのだから日本人の魂として協力する、それだけです。今回の加賀山さんのプロジェクトは社長の森脇をはじめ社員も賛同、全社を挙げて応援することにしました」
モリワキは前述の通り、エンジンの貸与をはじめMoto2に関するノウハウ、技術を提供してサポートした。
「今回の貴重な参戦経験やデータを全日本の全チームで共有できるように公開を」
Team-NOBBY:上田昇代表
「8月の全日本ロードレース2&4の時にユキオ(加賀山)から相談を受けました。J-GP2は特にレギュレーションの部分でMoto2と大きくかけ離れているのでワイルドカード参戦のハードルが非常に高い。スズキのバイクでワイルドカード参戦の権利を得たけど、そこから参戦するまでにどんなに大変か、自分もヨーロッパでMoto2を走らせているのでその苦労は容易に想像できました。「日本のJ-GP2を何とか世界に通用するものにしたい」というユキオの考えに賛同できたので、協力できることがあれば応援したい、と思いました。
そして、この貴重な参戦経験を、データを全日本の各チームが共有できるように情報公開をして欲しいです。」
「日本のレース界に新しい道を切り開いてもらえると確信した」
ミクニ テリー&カリー:高橋淳一郎氏
「以前から日本からその上の世界へ通じる道を作りたい、と思っていました。会社(株式会社ミクニ)の性格上、ひとつのメーカー、ひとつのチームに肩入れできない自分達にとって加賀山さんの考えたこのプロジェクトのコンセプトはすごく新しいし、新しい道を切り開けると確信したので賛同しました。私たちは20年全日本ロードレースの世界で若いライダー達に環境をつくることをやってきました。このプロジェクトが世界に通じる箱になることを期待しています。」
「日本人が世界で活躍することができるんだ、という確固たる信念を応援したい」
株式会社ワースワイル:岡本章弘 代表取締役社長
「ユキオ(加賀山)からこの話を聞いたとき「このオトコはスズキだけでなく世界を見ているんだ」と改めて感心しました。加藤大治朗選手や阿部典史選手(ノリック)のように日本から世界へ羽ばたくライダーを出したい、と言うユキオの言葉に諸手を挙げて賛成しました。日本人が世界で活躍できるんだ、という確固たる信念、そこに若いライダーを送り込みたいという気構え・意気込みに感銘を受けますし、これからも応援を続けます。」
「若いライダーを世界に送り込む、世界に通じるライダーを育てる、同じ志を感じました」
株式会社リバークレイン:信濃孝喜 代表取締役社長
「世界に通じるライダーを育てる、若いライダーを世界に送り込む、ということが私たちがやっているTeam NORICKと相通じるところがあったこと、そして、参戦するライダーが若い浦本修充選手であったこと、この2つが協賛を決めた理由です。これがベテランライダーだったら協賛はしなかったと思います。そして、メーカーやチームの垣根を越えたこの取り組みは素晴らしい!と共感できたからです。自分もTeam NORICKでMoto2ワイルドカード参戦するときはものすごく大変でした。メーカー縛りのない「日本という枠組み」の中でみんなでやりましょう、とう考え方は素晴らしいと思いますし、参加もしやすいと思います。そんな発想をして、実行に移す加賀山就臣という人間に惹かれました」
オールジャパンで臨んだ日本グランプリ。厳しい現実を突きつけられた。浦本のリザルトは予選29位。決勝21位。だが、それが現実。
浦本は「ウィークを通じて不甲斐ない結果しか残せずサポートしていただいた方々やチームに申し訳ない気持ちでいっぱいです。世界とのレベルの差は歴然としていて、その中で全力は尽くしましたがあれが今の自分の実力。もっとやれることがあったのではないかと悔しい気持ちです」と自分を責めていた。
しかし、「浦本が遅かった」だけで終わらせてはいけない。この現実、この結果を今後どうやって活かすか。今回のプロジェクトの意義はそこにあるはずだから。
Moto2プロジェクトの監督を務めた武田雄一は「厳しい展開になるとは思っていたが、自分達の想像以上に世界のレベルは高かった。そのレベル差を痛感した。ひとつでも前へ、と思ってウィークを通じてマシンをセットアップしたが思うようにまとまらず修充(浦本)に申し訳ない気持ち。だが、「GPライダーはやっぱり速かった」だけでは意味が無い。今回の結果を共有して全日本全体が底上げできるような枠組みの活動を続けることで、いつか今回の参戦の意義があったと言われるようにしたい」と今回の参戦を振り返る。
「走るレベルも、マシンへの取り組み方も、ウィークのまとめ方も全てが自分達とは違うレベルにいる。彼らと一緒に走って学べた点が大きかった。世界で学んだ走りを全日本で見せること。自分がもっと速いライダーになること。それが今回の参戦を応援して下さった方々への恩返しだと思っています」と浦本。
世界への挑戦で得たものを最終戦鈴鹿で、来シーズンの走りで、見られることを期待したい。
最後に加賀山に今回の参戦についてレース後に話を聞いた。
「まずは賛同いただいた皆さまに御礼を申し上げます。今回の参戦はサポートしていただいた方々がいたからこそ実現できました。みなさまのおかげです」
「リザルトには満足していない。チームとしてMoto2参戦が初めてで、マシンのセットアップを熟知しておらずライダーに負担をかけてしまった。全力で頑張ったけど、これが現状のチーム/ライダーの力量。世界で上位に食い込むレベルではなかった。厳しい現実ではあるがしっかりと受け止め、みんなに伝えて行きたい。」
「数年後には日本人がMoto2に出ても上位を走れるような環境づくりをしていきたい。来年、JAPAN-GP2という枠組みの中でウチ(Team KAGAYAMA)のチームが走れるかどうかわからないけど、この枠組みで走る若いライダーに今回の経験を伝えて手伝いたいと思う。今回、この先日本から世界に通用するライダーを輩出できるような環境を業界全体で造り上げていくキッカケになれたのではないかと思う。」と加賀山。
誰もが考えなかったオールジャパンという枠組みの参戦チームを発想し、実行、実現させた加賀山就臣というオトコ。今回話を聞いていると「ゆっきーだから造ることができたプロジェクト」というコメントが多かった。ライダーとしてのピークは過ぎているかもしれないけどそれでも自らにムチ打って走る、その姿を若いライダーに魅せる、そして常に日本のレース界を変えたい、盛り上げたい、と努力を惜しまない。そのひたむきな姿が人々に感銘を与え、応援しよう、と思わせるのだろう。
いみじくも本日(10/20)全日本ロードレース最終戦にTeam KAGAYAMAから清成龍一がスポット参戦する、と言うリリースが発信された。
日本から世界への道筋を作ったかと思えば、今度は世界の走りを日本で魅せる。
加賀山は常に日本のレース界のことを考えているのだと思う。
最終戦鈴鹿、世界を経験した浦本の走りと、清成、加賀山による競演を観るのが楽しみである。
Photo & text :Toshiyuki KOMAI
special thanks : Toshiya Onishi(Moto2走行写真)