0.113秒。手が届くようで届かなかったレース2。渡辺一樹。
雨の鈴鹿。14周にわたる激闘を終えた渡辺一樹(YOSHIMURA SUZUKI RIDEWIN)と中須賀克行(YAMAHA FACTORY RACING TEAM)の差はたった0.113秒。まばたきするほどの僅差であるが渡辺にとっては勝利を手中に収められなかった大きな差となった。
良い食材は揃った、どうやって調理するか
渡辺はこのレースウィーク、ウェットで手応えを感じていた。「前戦もてぎの反省点をチームが懸命に修正してくれた。ウェットでパフォーマンスを発揮できるようになった」。事実、ウェットではトップタイムをマーク。ドライでも悪くはない。中須賀とのタイム差もコンマ2秒程度。「このタイム差でいられるのは伸び代がある」と感じていた。但し、まとまってはいないと言う。「良い食材をテーブルに並べた感じ。さぁ、これからどう調理しようか、と言うイメージです」と金曜日にコメント。その状態でここまで来ているのは悪くない。だけど相手はワークスの中須賀克行。追い越すには至っていないと感じていた。
中須賀は金曜日の午後、良かれと思って振ったセットが上手く機能せず予選は木曜日のセットに戻して一発勝負となる。ウェットのセットにも課題を感じていた。
4秒台を狙っていた予選
大方の予想通りこのウィークは中須賀と渡辺の争いとなった。“課題はまだある”と言いながらも2分6秒台に入れたのはこの二人だけだった。土曜日の公式予選は8時15分スタート。通常なら朝フリーの時間帯だ。しかし中須賀は開始早々2分6秒台に入れる。渡辺も2分6秒060と5秒台も見えるタイムをマークするが終盤に中須賀が2分4秒907を叩き出す。
「自分も2分4秒台を狙っていましたがマシンのバランスがまとまらなかったです。ラストアタックで詰めようと思ったのですが、間合いを取りすぎてタイヤが冷えてしまいました」と渡辺。
中須賀も4秒台はギリギリのタイムだった。「なんとか捻り出したタイムでした。その後もアベレージタイムはダメだったし、一樹選手のアベレージタイムが良いので決勝は厳しい戦いになると思います」
レース1。公の場では感情を出さない渡辺だが珍しく記者会見で「あまり多くは語りたくないのですが」と口にした。何故か。「自分史上最も恥ずかしいレース展開をしてしまった」と言う。
序盤、中須賀の前でペースコントロールを行った。しかもかなり露骨に。2分6秒台で周回した翌周に8秒台。もちろんタイヤマネジメントも考えての走行。しかし中須賀は動じず背後から離れなかった。
「ここまでやっても抜かないの?」渡辺は作戦を変えて9周目のヘアピンで中須賀に譲って前に出させた。(※注:レース1の後に渡辺自身から譲ったことは聞いていたが「こんなこと言ったらマズイかもしれません」とのコメントにRacing Heroesの記事では触れなかった。スズキの公式サイトで記載されていたことと、渡辺本人から掲載OKの了承を得たのでここで記載している)
「(前を走って)風よけになって中須賀さんがスパートをかけるタイミングを待っていても勝てないと思いました。だったら前に出してタイヤを少しでも消耗させたいと考えました」
中須賀も「一樹選手も序盤はタイヤをマネジメントして後半にスパートをかける作戦。終盤に6秒台に上げた時が勝負、それまでは我慢比べになる」と思っていた。
前に出た中須賀はペースを上げる。渡辺もついて行くがラスト2周で離されてしまい2位でフィニッシュ。マシンがまだまとまり切っていなかった。悔しいのはもちろんだが自分に対する苛立ちを感じていた。
「正攻法ではないところまで踏み込んでいろいろレースを組み立てようとしたのですが、中須賀さんは応じず、動かず。こんなレースしていいのかなって恥ずかしくなりました」
サーキット中を魅了した超接近戦
レース2は雨となった。朝フリーでも木曜日と同じような良いフィーリングを得た。加賀山監督とレース前に話して「序盤から自分達のペースで行く」と決めた。「場合によっては自分たちの方がチカラがある」。
スタートを決めた渡辺は序盤から自分のペースを刻んでいく。予想通り中須賀が背後につけてくる。だがその音が次第に小さくなる。6周目には0.674秒差に広がった。
ピタリと背後に詰めた中須賀だったが渡辺に引っ張ってもらって出したタイムだったと言う。「2位キープ狙いも頭によぎった」と普段の中須賀からは想像できないことも考えていた。それほど渡辺の走りは速く、スムーズだった。
しかし、ここでセーフティカー(SC)が入る。渡辺が築いた約1秒のアドバンテージがゼロとなってしまう。
「ここで入るかぁ。。」と悔しがる渡辺。
「一度は諦めかけていた勝負がもう一度チャンスがあるかもしれない」とリセットした中須賀。
SC走行は隊列が揃うまで続けられる。しかも雨。タイヤはどんどん冷えていく。渡辺はアクセルを開ける→急制動を繰り返しタイヤに熱を入れる。その様子を見ていた中須賀。「もしかしたら温まりに時間がかかるのかもしれない」と読んだ。もちろん中須賀も同じだ。SC明けに転倒を喫した経験があるので熱が入るまでは抑える、が中須賀の信条。
2周半のSCが明け、残り5周の超スプリントでリスタートが切られる。ここからサーキット中を釘付けにした名勝負が始まる。
後ろとの間合いを図った渡辺は最終コーナーを駆け降りるとアクセルを開ける。中須賀も続いた。今日の渡辺の速さを知っているので自分の信条に背いた。そうでもしないと渡辺に追いつけない。
渡辺の背後にピタリとつけた中須賀が2周目の1コーナーでパス、トップに立つ。「温まりに若干のネガがあったので様子を見た部分もあるのですが、中須賀さんはやっぱりそこを見逃しませんでしたね」と渡辺。
終盤に前に出て後続との差を広げる、が中須賀の勝利パターン。定石通り前に出た後に2分18秒347にまでペースアップ。しかし渡辺はその翌周に2分18秒727まで上げ、コンマ5秒開いた差を縮めて中須賀の背後にピタリとつける。それだけ今日の走りには自信があった。SC前のラップタイムは“どこまでいけるか、を確認しながら”のタイム。いっぱいいっぱいではなかったという。中須賀がペースアップしても追いつけるだけのキャパを残していた。
いたる所でリアが暴れるがそんなことお構いないしのバトル
「やはり今日の一樹選手は乗れている、速い」と感じた中須賀の意表をつく形でスプーンの進入で渡辺が前に出る。「ここで来るか?という場所でした。前が見えなくてリスキーなところ」と中須賀は驚く。
「後ろから中須賀さんの走りを観察していました。スプーンの進入がポイントの一つ」と絞っていたと言う渡辺。
Photo出典:Motoバトル YouTubeライブ中継映像
立ち上がりでクロスラインから中須賀が前に出る。しかし渡辺はスプーン出口でピタリとマークするとスリップに入る。真っ白なウォータースクリーンで前が見えない中でこの二人は290km/hにも達する速度でテール・トゥ・ノーズの超接近戦を演じる。スリップから抜けた渡辺は130Rで前に出て最終シケインに入る。ここで渡辺はギリギリのところまでインを閉めた。しかし中須賀はなんとその内側を突いてきた。
「中須賀選手はものすごくコンパクトにシケイン進入するので中途半端な閉め方では入られると思ったので自分の中では目一杯ギリギリのところまで閉めました」
「これで入ったきたらどうすればいいんだ、、」と渡辺。
「今日の一樹選手は速い。だから前に出したら追いつけないと思ったのですぐに抜き返しました。ですがバックストレートで抜かれてしまいました。やっぱり今日の一樹選手は強い。ですが自分はシケイン勝負には自信がありました」と中須賀。
迎えたファイナルラップ。渡辺はまだ諦めていない。ホームストレートではスリップから抜けて中須賀のインを突いて前に出ようとする。その後もピタリと中須賀のテールにつけて最後の勝負どころを探る。
スプーンの立ち上がり、渡辺はほんの僅かなミスをしてしまう。その影響でバックストレートでスリップに入れなかった。そのまま中須賀がトップチェッカー。渡辺は2位。その差は僅か0.113秒。まばたき一回分のホントに一瞬の差。しかし勝利を掴めそうで掴めなかった大きな壁として渡辺にのし掛かる。
「次はドライでこのバトルをしたいです」
ゴール後の中須賀、珍しく興奮していた。「アドレナリンが大量に出た」と言う。限界ギリギリのところで勝負していたのがわかる。持てる力の全てを出し切って闘った。
「純粋に力と力、スピードとスピードの真っ向勝負でした。昨日は自分ではやりたくないレース展開でしたが、今日は自分の力を出し切って中須賀さんと限界のところで勝負しました。そう言う意味ではすごくスッキリして清々しい気持ちです」「だけど悔しさは(レース1の)何十倍です。」
この二人の手に汗握るバトルにサーキット中が感動した。ゴール後には割れんばかりの大歓声と惜しみない拍手。
「表彰台に立った時、拍手の温度の違いを感じた」と渡辺。
普段二輪のレースをほとんど見ない四輪のプレスから「クレイジーだ。たった2本のタイヤでこの雨の中、あんな接近戦をするのか」との声が聞かれた。しかし、これが二輪レース。お互いに信頼し、リスペクトし合っているからこそのクリーンなバトル。
EWC世界チャンピオンを獲得したマシンのパフォーマンス、ヨシムラワークスと言っても過言ではない体制、加賀山就臣監督の就任、そして何より渡辺自身の底力。それらが良い方向に絡み合い絶対王者中須賀をここまで追い詰めた。
「次はドライでこのバトルをしたいです」と渡辺。ぜひそんなバトルを魅せて欲しい。今年は目が離せないシーズンになりそうだ。
Photo & text : Toshiyuki KOMAI