阿部恵斗の世界を見据えた挑戦①

2023/05/16

阿部恵斗。ミュージシャンのようなロン毛とワイルドな口ヒゲ、今どきのイケメンライダーである。2013年に「ウェビック チームノリック ヤマハ」に加入、2015年に筑波地方選手権にデビューしたときはまだ小学生。あどけなかった少年は今年全日本ロードレースST600クラスのチャンピオンを目指す。イヤ、目指すのはその先の世界だ。

阿部は2018年にJ-GP2クラスで全日本デビュー。2019年はシリーズランキング8位、翌2020年からはST600クラスにスイッチしてランキング8位。2021年ランキング5位でウェビック チームノリック ヤマハを卒業。2022年は自ら宗和孝宏の門戸を叩き「Team 51 GARAGE YAMAHA」に加入。オートポリスで初優勝、自身最高位のシリーズランキング3位。今年はゼッケン3で挑む。

「Team 51 GARAGE YAMAHA」は今年西村硝が新たに加入して2台体制でスタートを切った。西村は2019年の出光アジアタレントカップチャンピオン、昨年は長島哲太のチームからST600クラスに参戦した。阿部と西村、年齢も近くお互いに良い刺激となっているようだ。

迎えた開幕戦もてぎ。走行1本目のスタート3分前になってもマシンのカウルが付いていない。メカニックや宗和たちが慌ただしく準備を行う。その様子をじっと見ながら待機している阿部。走行開始から数分後、やっとコースイン。1本目のタイムは1’54.671、トップから0.408秒差の9番手。コースイン前のバタバタを問うと「あぁ、いつものことですよ。」と意に介さない。しかしスーパーバイザーの辻本聡によると相当イライラしていたとのこと。チームを想う優しさを見せる一方、辻本の前では感情を露わに出し、トップへの強い執着心を見せる。

公式予選。コースインして2周目に1’52.714をマークする。52秒台に入れて初日から約2秒詰めてきた。このタイムで2番グリッドを獲得。ST600クラスはタイヤ規制により予選・決勝を通して使用できるのは2セットなので予選では1セットしか使えない。新品タイヤの美味しいところでタイムを出しておきたいので予選開始早々からタイムアタック合戦が始まる。阿部も序盤にタイムを出して後半は前日のトラブルでロスした分の確認を含めて走行した。

「やっとここからセッティングを詰めていく、という感じですね。タイムは自己ベストでしたが途中でいくつかミスしたし、セッティングを詰められたらもう少し、というフィーリングだったので明日の朝フリーで詰めれば決勝は大丈夫だと思います」

西村も序盤にタイムを出した。1’53.084。52秒台にはわずかに届かず7番グリッド。この僅かの差がグリッド上の大きな差になるのがST600クラス。西村は悔しがる。

迎えた決勝日。阿部はローンチコントロールのセッティングを詰めきれずウィリーさせてしまい大きく出遅れる。対して西村は上手くスタートを決めて4番手で1コーナーに進入する。オープニングラップを西村6番手、阿部7番手で通過する。

3周目の5コーナーで阿部が西村をかわし、さらに4周目の1コーナーで長尾健吾をパスして5番手に浮上。西村も続く。

序盤に井手翔太と鈴木光来が抜きつ抜かれつのトップ争いをしている間に後続が詰まってきて先頭グループは7台のパックとなる。5周目に西村がファステストラップ1’53.328をマーク、阿部も1’53.414のベストラップを叩き出す。

7周目のV字コーナーで3番手を走っていた芳賀涼大がハイサイド転倒、小山知良、阿部、西村はなんとか巻き込まれずに通過、その間に先頭の鈴木、井手との間が空いてしまった。

阿部は1分53秒台でラップを続け11周目の2コーナーで小山のインを突いて3番手に浮上する。「後半のすり減ってきたタイヤに合わせたセッティングにしている」という阿部、トップ2台との差をみるみるうちに縮めて先頭グループに加わる。そして14周目の5コーナー立ち上がりで鈴木を捉えて2番手浮上、ファイナルラップで0.64秒先の井手を追う。終盤でも53秒台をマークする速さで迫ったがわずか0.164秒届かず2位でチェッカーを受けた。

「タイムマネジメントができてレース後半にペースを上げられるフィーリングがありました。タイム的にもアベレージ的にも勝てる状況だっただけに悔しいです。今日の敗因はスタートです。減ったタイヤに合わせるセッティングなので正直一発のタイムが出にくいです。その中で予選フロントローに並べたのは昨年より成長できたかな、と思います」

西村は序盤から安定したラップタイムで走行、セカンドグループに付けていたものの終盤に腕上がりが出てしまいペースを上げることができなかった。悔しい5位チェッカー。

「今年からヤマハに乗り換えましたが木曜日はトップタイム、金曜日は3番手と良い走り出しでした。決勝もスタートが決まって良い位置で走れていましたがラスト7周か8周で腕上がりが出てしまい厳しくなりました。タイヤも後半でもタレが少なくアベレージタイムも悪くなかったです。バイクもしっかり曲がって、しっかり止まる、フロントのグリップも最後まで残っていただけに悔しい結果です」

部は今シーズン、「ONEXOX TKKR Racing Team」からアジアロード選手権にフル参戦する。開幕戦の前週にタイでレースをしてきた。結果はレース1、レース2共に4位。そのため事前テストに参加できずぶっつけ本番の開幕戦だった。「2週連続のレースはキツイですけど、走行機会が増えるのはとてもありがたいです。日本と比べると路面も気温も高い、体力は持っていかれる環境でのレースなのでフィジカル・メンタル面を鍛えられます。暑い国でレースしているので今年の夏に強い自分を見せられるのかなと思います。」
このダブルエントリーが阿部の自信に繋がっている。

「同じR6だけどタイヤも違うしセッティングも違う、自分が置かれた環境の中でいかに勝つ道筋を見つけるか、が大切だと思います。恵斗は不満も言わずに全てをプラスに変えていくチカラを持っています。いずれ世界を走るために今、ここにいます。自分達が現役の時代に比べて今は圧倒的に走行機会が少ないのでなるべく多くレースに出られる環境を作っていきたいと思います」と宗和。

さらにレジェンドライダー・辻本聡をスーパーバイザーとして招聘、ライダーのメンタルケア、ライディング・セッティングの指導を依頼する。世界で戦ってきた辻本のアドバイスはライダーとしての強さを身に付ける結果となる。

開幕戦を終えて宗和は「恵斗の力はこんなもんじゃない、もっと上を目指せるだけのチカラを持っています。硝は今年中にみんながあっと驚くようなライダーになると思います。」と評価する。「二人でワン・ツーフィニッシュを飾れる日が近いのではないかと楽しみにしています」「阿部恵斗と西村硝、切磋琢磨し合える実力をもった二人がひとつのチームにいることが大切だと思います。その環境を整えるのが自分の役目だと思っています」

 

辻本は開幕戦について「ドタバタはあったけど良い開幕戦でした。阿部恵斗とは去年のアジアロード日本大会で初めて会いましたが凄く良いヤツで素質あるなと思いました。彼の良いところは伸ばし、弱いところを潰していく、その延長で今日の開幕戦を迎え、トップグループで走ってみて課題も明確になりました。西村硝と言う新しい風も吹き、良いチームになります。51 GARAGEは若手育成がテーマです。阿部恵斗と西村硝の二人の若手ライダーを育てながら大混戦のST600クラスを盛り上げられればと思います。」と語った。

宗和と辻本、そして岩城滉一さんを監督に招いて新たなスタートを切った「Team 51 GARAGE YAMAHA」

「開幕戦2位と5位がホンモノなのかどうかはSUGOの結果でわかると思います」と宗和。SUGO事前テストでは1回目:阿部がトップ、2回目:西村がトップタイムであった。阿部は午前中で引き上げアジアロード選手権のためセパンへ向かった。いよいよこの週末、大事なSUGO大会を迎える。しかも2レース。どんなレース展開となるのか、ふたりの若手ライダーの走りに注目したい。

Photo & text : Toshiyuki KOMAI