自信をまとい、逞しくなった水野涼が魅せた2023年

2024/01/30

2023年全日本ロードレース最終戦鈴鹿、水野涼が最高峰JSB1000クラスで2連勝を飾った。BSB(ブリティッシュ・スーパーバイク)で2年間の海外参戦から帰国、3年ぶりに全日本復帰。スラリとした長身にアイドルのような甘いマスクとスマートな外見は変わらないが中身が変わった。積極果敢に攻める走りはバイクレースファンの心を掴んだ。2023年の水野涼を追った。

開幕戦もてぎ。海外でどれだけ成長したか、否が応にも注目が集まる。水野もそれは承知だ。「最初が肝心」と臨んだレース1。ホールショットから中須賀を抑えてオープニングラップを制し場内を沸かす。しかし8周目にチェンジペダルが外れてリタイヤ。マシントラブルで出鼻を挫かれた。「レースができませんでした」悔しさを隠せない。

レース2は4位。「同じホンダだけどBSBや以前乗っていたハルクのマシンとは方向性が違います。一発のタイムは出せても、レースで追い上げのチカラを出し切れなかったです」

今年加入したAstemo Honda Dream SI Racingは伊藤真一監督率いるチーム。水野の担当チームは発足したばかりのメカニックとスタッフ。開幕戦から足並みが揃うのは難しい。

殺気立ってるBSBの中で

世界で闘うこと(MotoGP)を目標としている水野はその足がかりとして2021年、2022年とイギリスのロードレース選手権BSBに参戦、拠点もイギリスに移す。時は新型コロナウィルスが全世界を襲う非常事態。サーキットと自宅を往復するだけの生活。だが水野はその環境を苦ともせずひたすらトレーニングに励んだ。「2年間で飲みに行ったのは1回だけです。趣味はトレーニングでした」その言葉通り水野の胸板は厚く、筋肉隆々に逞しくなっていた。

BSBは加賀山就臣や清成龍一が活躍したレース。荒くれ者が多く激しいレースとしても有名だ。「狭いサーキットが多く、筑波サーキットのコース1000でJSB1000クラスをやるようなサーキットもあります」そんな厳しい環境で2年間闘った。

「BSBは金曜日のFP1コースゲートオープン前からみんな殺気立っています。全日本には無い光景。そこで気迫を見せることが必要です」「それはチームスタッフに対しても同じです」

自らを鼓舞し気迫を持って接する。殺気立ってるコース上でも負けない強さと自信を持つことの大切を感じる。

さらに変わったことがあると言う。「ハッキリと口に出して言うようになりました」日本人は言わない美徳:”察してくれよ” 的な部分もあるがBSBでは通用しない。“自分が一番“とアピールし、自分はこうしたいとハッキリと主張する。全日本のチームに対しても「金曜日からレースは始まっている」と意識付け、じっくりと話し合う。すると徐々に歯車が合いはじめる。

タイヤの潰し方

水野は全日本ではずっとブリヂストンタイヤを履いてきた(BSBではピレリのワンメイク)。タイヤへの感受性が高くタイヤに合わせた走りをする。コンパウンドと構造の違いで何種類かあるタイヤの中から硬めを履くことが多い。ブリヂストンはフロントタイヤに荷重をかけて”潰さなければ曲がらない“と言われている。潰す=タイヤの変形によって接地面積を増やす。タイヤの剛性が高いから潰すには荷重をしっかりかけないといけない。そこにみんな苦労している。但し、キチンと荷重が乗っていれば非常に高いグリップ力を発揮して高いコーナリング速度で曲がる。

“強いブレーキング”とよく言われるが、ただ強くかけただけでは荷重は乗り切らないと言う。「バイクは前進しているのでブレーキをかけてフロントフォークが沈み込んでも力は前に向かいます。そうではなく”垂直に路面に力が入力する“ようにブレーキをかけなくてはなりません」「さらに旋回しているので前方向に加えて横方向にも力が抜けます」「垂直に荷重がかかるように舵角・ブレーキの掛け方・抜き方・アクセルワークを考えながら走っています」

そんなにたくさんのことを考えながら走っているのか、と驚いた。

「自分は、考えながら、バイクからの挙動を感じながら走っています。もちろんセンスで走るライダーもいます。いわゆる“天才肌“です。センスで走るライダーの方が一発のタイムや、勝つ時はブッチギリだったりします」

中須賀に対しても怯まない

理性的な走りに自信が加わり水野は強くなった。ある時「目立ったもの勝ちですよ」と言ったことがある。ポールポジションでもいい、ホールショットでも序盤トップを走るでも良い、「なんだコイツは?」とライダーにも観客にも見せることが大事だと言う。中須賀に対しても怯まない。「みんな中須賀さんに対して一歩引いているように感じます。だけど自分はそこで抜きたい」

それが後半戦最初のもてぎで見られた。

オープニングラップを中須賀に次いで2番手で終えた水野は2周目のS字出口で中須賀の背後にピタリと付けるとV字進入でインをこじ開けてトップに立つ。ヘアピンでも90度コーナーでも中須賀を抑えてトップをキープ。その後赤旗となってしまうが開始早々からアグレッシブに攻めた。この走りに場内は沸き立つ。

「ここで抜くか?と言うところで勝負を仕掛けました。それくらいのことをしないと中須賀さんは抜けません」

「でも中須賀さんは冷静でした。自分だったら“嘘だろ?”って思うところですが動じることはありませんでした。そう言うところが強いですね」

赤旗再開後のレースでも4番手から津田拓也、岡本裕生を次々とパスしてトップ中須賀の背後につけるとヘアピンでパス、トップを奪う。

「ファクトリーとキット車では差が大きく、今は“印象に残るレース”しかできないのが悔しいですが一矢報いてやろうと言う思いは強かったです」最終的には2位であったが水野の走りは鬼気迫るものがあり、来場者の心を掴んだ。

最高峰クラス初優勝

最終戦ではさらにヤマハファクトリーを追い詰める。レース1。スタート直後は3番手を走行していたが2周目のバックストレートで中須賀を、シケインで岡本をパスするとトップに浮上、ヤマハファクトリーの2台を従えて7周にわたって走行する。「ブレーキングにはアドバンテージがあったので行ける時行こうと思っていました。」キット車でファクトリーマシンに喰らいつき対等に勝負をする。アグレッシブな走りは確実にその存在感を示し、残り3周のシケインで再びトップに立つ。

「最終ラップで抜かれるよりは2周前でトップに立ち、仮に抜かれたとしても残りの周回の中で挽回のチャンスはあると思い前に出ました」「さらに中須賀さんに動揺を与えられたら、とも思いました」

ファイナルラップで中須賀がトップの岡本に接触して転倒、水野は最高峰クラス初優勝を飾る。

「確かにラッキーな面はありますが、こんなに長くヤマハファクトリーの2台を抑えて走ったことはなかったしキチンと勝負できたと思うのでとても嬉しいです」

間違いなく強くなった水野が引き寄せた初優勝だ。

最終シケインでの攻防

レース2。序盤からセーフティーカー(SC)が入る展開。SC明けにトップに立つと、このレースも水野がレースを引っ張る。2番手には岡本裕生。「SC明けの冷えたタイヤに熱を入れるのが難しかったですが、ペースが落ちるタイミングで前に出られたのは良かったです。」

10周目に岡本にトップを奪われるが「岡本選手に引っ張ってもらいました。」と焦りはない。ブレーキングに自信があったからだ。「どこでも抜けると思っていました。だから最終シケインで勝負することは決めていました」

ファイナルラップの最終シケイン。インを閉める岡本。「これは入れないと思いアウトに振ってクロスしようと考えました。」

「(岡本は)インに寄り過ぎている。曲がり切れないだろうと被せようとしたら岡本選手がブレーキを伸ばしました」

「だから自分も伸ばしたのですが、もう一度伸ばしてきました」

「あぁ、これは止まれないなと思い、クロスラインで行きました」

水野の読み通り岡本は止まりきれずオーバーラン。最終戦で2連勝を飾った。

それにしても、シケイン進入のわずかコンマ何秒かの間に相手の動きを見て、判断し、アクションを変える、素人の筆者にはとても理解できないことだが「そう言う時ってスローモーションに見えるんですよ」とサラリと答える。これも「考えながら走る」水野だから成せる技なのだろう。

強い水野がDUCATIを駆る

もう一つ、今年の水野が変わった点がある。

「余裕と言うか、冷静に俯瞰的に見られるようになりました」

転倒しそうになった時の対処、レース中にヒートアップしてきた時の余力、岡本との最終シケインの駆け引き、様々な場面で役に立った。「イギリスにいた時は感じませんでしたが全日本で闘うようになってから感じたことです」

余裕が自信を生み、気迫を見せるものの冷静さを失わない。今年の水野は『強さ』を発揮した。魅せたと言う表現が相応しいだろう。ヤマハファクトリーに対して、王者中須賀に対して唯一追い詰めることができたライダーが水野涼だった。

今シーズンはホンダを離れ、加賀山就臣と共にDUCATIのファクトリーマシンを引っ提げて全日本に殴り込みをかける。体制発表会は先のことだが詳細がわかったらレポートしたい。

今シーズンの台風の目となることは間違いない。水野涼にますます注目が集まる。

Photo & text:Toshiyuki KOMAI