中須賀克行、前人未到のV10達成 「特別なことをしてきたわけではない」 

2022/02/19

自身60勝目に10回目のチャンピオン獲得

2021年7月18日、全日本ロードレース第5戦鈴鹿「MFJグランプリ」。中須賀克行(YAMAHA FACTORY RACING TEAM)が全日本ロードレース最高峰クラス10度目のチャンピオンを獲得、前人未到の大記録が生まれた。奇しくもこの勝利は中須賀克行自身の60勝目、そして2021年はヤマハが世界グランプリに参戦して60周年目の節目の年であった。

10度目のチャンピオンを獲得したが特別な思いは無いと言う。中須賀にとって大切なのは目の前の勝利を掴むこと。ひとつひとつの勝利を積み重ねた結果がチャンピオン。口で言うのは簡単だが最高峰クラスのJSBで一回優勝することだって難しい。それを60回も成し遂げてきたのだ。

今では中須賀は勝って当たり前と思われているが、それは“ファクトリーだから”、だけではない。当然ファクトリー体制の恩恵は大きい。だからと言って中須賀以外のライダーがこのチームに入ればチャンピオンになれるのか、と言えばそれは違う。やはり中須賀克行だからこそ勝てるのだ。

しっかりと準備をする

コース上では「絶対王者」の強さを魅せるが実は慎重派だ。リスクはできるだけ避ける。アグレッシブな走りも鋭い突っ込みも自信を持って行っている。その自信はどこから来るのか。

「しっかりと準備をする」中須賀がよく口にする言葉だ。この準備こそが中須賀の強さの元だ。レースは何が起こるか解らない。不測の事態が起こりうる。そんな時でも慌てず冷静沈着に判断して行動に移す。その時のためにありとあらゆることを想定してテストする。この地道な積み重ねが膨大なデータとして残る。このデータと経験を元にレースの組み立てを考えて闘いに臨む。

第5戦鈴鹿レース2。雨の可能性が出てきたのでレース途中の赤旗を想定。レース成立周回数でトップに立ち、それまでは後ろで様子を伺う戦略だった。だが、先頭グループの台数が多く、数を絞ろうと考えていたところ最終シケインで4台が絡む危険なバトルがあった。「このペースでは追いつかれるリスクがある」と判断して前に出た。もちろん、その場合のラップタイムも事前の準備で得ていたので無理なペースではなかった。

サテライトチームで2度のチャンピオン

10回のチャンピオンの中で一番印象に残っているのは最初に獲得した2008年だと言う。日本国内最高峰でチャンピオンを獲った嬉しさは忘れられない。亡くなったお父様の夢も叶えた瞬間であった。

中須賀はこの時「YSP&PRESTOレーシング」に所属。ファクトリーではなくセミワークスのサテライトチームだ。翌2009年に連覇を達成。3連覇がかかった2010年。ランキングトップで最終戦を迎えたがレース1で転倒・リタイア。これが響いてチャンピオンを逃した。ランキングはトップだったけど優勝が一度もなかった。優勝しないでチャンピオンを獲っても意味が無い、勝ちを狙う、と攻めた結果が転倒。「ライダーとして攻めた結果だと満足していたが、今はそれを後悔している。チャンピオンを獲るのと獲らないのとではその後が天と地ほどの差がある」と振り返る。2011年もチャンピオンと獲れず苦しいシーズンが続いた。

「無いものねだりをしても勝てない」「負けるということは相手よりも努力をしていないということ」

だが諦めたことは一度もなかった。「どうやったら勝てるか」を常に考えていた。

当時装着していたのはダンロップタイヤ。その特性を活かして勝てる展開を考えた。初期グリップが良いのであれば序盤から飛び出してマージンを築いて勝ちを狙う、などその時の自分の持ちネタの中をどう使えば勝てるのかを考えた。

「速いエンジンが欲しい、良いタイヤが欲しい。無いものねだりしても勝てない。だったら今、自分にある武器は何なのか、を考えた。体力が足りないならフィジカルを徹底的に追い込んだ。」この時の経験が今の強さを築いたと言う。

2012年からタイヤをブリヂストンにスイッチ。その年に4勝を挙げて再びチャンピオンに輝く。2016年まで5年連続でチャンピオンを獲得するが2017年、フロントタイヤが16.5インチから17インチに変更された。このわずか0.5インチの差に苦しめられた。転倒も多く勝てないレースが続いた。

「負けると言うことは相手より努力をしていないと言うこと。何が足りないのかを必死に考えた」。16.5インチで完成されていたマシンを17インチに合わせ、中須賀自信も乗り方を試行錯誤して身につけた。2017年はタイトルを逃したがシーズン最多勝利を獲得した。

特別なことをしてきたわけではない

結局2021年は“全戦全勝”と言うもうひとつの史上初の記録を打ち立てた。

日本のバイクレース界で誰も成し遂げたことのない最高峰クラス10度のチャンピオン。何か特別なことをしてきたわけではない。「しっかりと準備をする」と言う当たり前のことをしてきただけである。だが、その当たり前のことを長く続けるのは難しい。どんな状況にあってもその中に勝つためのヒントを見つけ出す。そこへの努力は決して惜しまない。それが中須賀克行だ。

今シーズンもただひたすら目の前の勝利を掴むために集中する、その姿勢には変わりはないだろう。その先にあるのが11度目のチャンピオンなのだろうか。今年も中須賀克行から目が離せないシーズンになりそうだ。

Photo & text : Toshiyuki KOMAI