帰ってきた篠崎佐助① 誰からも愛されるライダーが復活ウィン!

2021/05/01

篠崎佐助、この名前を聞いて「懐かしい!」と感じる人は多いだろう。いや、「可愛い!」と感じる人の方が多いだろうか。篠崎は2014年全日本ロードレースST600クラス参戦を最後にレースの世界から離れていた。

そのあどけない顔立ちとスマートな体格からは想像もできない負けん気の強さとアグレッシブな走りは多くのファンを魅了した。

その篠崎が2021年シーズンに帰ってきた。参戦クラスは「JP250」。250ccの単気筒、2気筒、そして今年から4気筒もOKとなった市販車をベースにしたプロダクションレース。主なマシンはホンダCBR250RR、ヤマハYZF-R25、カワサキNinja250。篠崎が駆るのはホンダCBR250RR。チームは「TEAM TECH 2 & YSS」。篠崎は2009年から2010年にJ-GP3クラスにTEAM TECH2から参戦していた。

今回、篠崎にオファーをかけたのはTEAM TECH2の藤原健二代表だった。「もともと佐助は走る予定はありませんでした。昨年チャンピオンを獲得した笠井悠太がケガをしてしまい、ギリギリまで回復を待ちましたが参戦は難しそうだとなりました。チャンピオンチームとして匹敵するライダーを走らせなければ、との思いから佐助に声をかけました。“レースを離れて随分時間が経っているし以前のように速く走れるかどうか不安はありますが走れるのであれば走りたい”と言っていましたが、バックアップはチームがしっかりとやるから安心して来なさい!と言いました。」

何故今シーズンフル参戦することにしたのだろうか。「7年間レースを離れていたとは言え全日本ロードレースのリザルトは確認していました。クルマ以外一切バイクに乗っていなかったので乗りたいなぁ、、とは思っていました。ですが、家族も増え、会社では課長というポストに就いているのでバイクレースしながら家族との時間、仕事との両立は難しいと思っていました。そんなときTEAM TECH2の藤原さんから声をかけていただき、妻と会社に相談したところ、”せっかくのチャンスだからこの一年間は頑張ってみなさいよ!“と応援してもらえる事になりました」

篠崎は現在「株式会社エムエスビー(松本精密板金)」で精密板金部門の課長を務めている。重要なポストで会社も休みづらいのだが、社長・会長から了承を取りつけた。篠崎佐助というライダーの才能と実績を評価した藤原代表と家族・会社の協力があって今回の参戦が決まった。「みんなの思いが詰まっているのでそれに応えられるような走り・結果で恩返ししたいと思います」

特別スポーツ走行でいきなりその存在感を示す。TEAM TECH2の笠井がマークしたコースレコード2分12秒130にコンマ5まで迫る2分12秒609をたたき出した。

「7年ぶりのもてぎなのでコースに慣れることに費やしました。初日に出てきたネガな部分を詰めながらタイヤも新品にして走りました。実はラップタイマーが壊れていて“(2分)14秒くらいかなぁ、、”と思っていたら12秒と聞いて自分でも驚きました。確認しながらの走りだったのでタイム的にはまだ詰められると思います」と虎視眈々とタイムアップを狙う。

そんな篠崎の走りをみた藤原代表は「まだまだ」と厳しい。

「(走りを)忘れてるな、と言う感じです。アジャストできていませんね。今の足廻りでこのタイムが出る、じゃぁ、このタイムを常に刻むにはどうアジャストすれば良いのか、の詰めがまだ甘いです。ですがトップ争いができるタイムは出ているので、あとは本人が気持ち良く走れる車体を造りこむだけですね。昔の走りをしてくれれば自ずと結果はついてくると思います。」

公式予選。やはり篠崎は周りからマークされていた。コースインの際に篠崎の後ろに行列ができる。速い篠崎に付いてタイムアップを図ろうとしていた。篠崎はクリアラップを取るために間合いを開けて待機していた。最初の5周のアタックでコースレコードを決めるつもりだったがギア抜けのトラブルも出てしまい結果は2分12秒518。ポールポジションは獲得したが納得のいかない悔しい予選となった。

後ろに並ばれた篠崎は不意を突いてコースインを図る。しかしここでピットレーンのスピード違反。罰金1万円の出費となった。「ポールよりもコースレコードを狙っていたので少しチカラが入ってしまいました。久々のレースで初心者感が出てしまいました」と苦笑していたが、スリップを使わずに単独で12秒5の持ちタイムはアドバンテージになる、と決勝レースに向けて手応えは掴んだ。

決勝レースは予選当日の夕方に行われる。10週による決勝レーススタート!篠崎はホールショットを奪う。オープニングラップで抜かれるものの、2周目の5コーナー飛び込みで再びトップを奪うと5周目まで8台の先頭集団を引っ張る。

レース前は「ホールショットを獲れたら序盤から抜け出して逃げ切るつもりだった」しかし、予選までのコンディションとは違い風が強い。ラップタイムも2分13秒後半から中盤と思うように上がらない。6周目以降は、中沢寿寛、中村龍之介、鈴木悠大と抜きつ抜かれつの先頭争いを展開する。

一時4番手まで順位を下げるも焦りはなかった。最終ラップの90度コーナーが勝負どころと決め「2番手で入れれば勝てる」と思っていた。中沢にインを閉められたので「止まれないかも」と思うくらい思い切り深いブレーキングでアウト側から仕掛け、トップを奪い返すとそのままチェッカー!7年ぶりのレースを見事ポール・トゥ・ウィンで飾った。

「先ずは勝ててホッと安心してます。風が強くて前を走るとキツく、後ろを走ると楽でした。勝負どころは最終ラップの90度コーナーだと思っていました。そこへ2番手で、1対1で入れれば勝てるだろうと思い、調整して走りました。周りはみんなレベルが高くクリーンなレースだったので気持ち良く走れましたし楽しかったです。」

その勝負どころの90度コーナー。ダウンヒルストレートのブレーキングで篠崎と中沢は顔を見合わせ「このまま行きますよ、止まれますかね?」とアイコンタクトを送ったそうである。極限の世界にいるとスローモーションに見えると言うがこの状態がそうだったのだろうか。確かに映像を見ると篠崎が一瞬中沢の方を見ていた。

初戦の闘いぶりを藤原代表は「久しぶりのレースですし作戦も立てず自分思うように走ってこい、と言いました。結果は勝ちましたが内容としてはまだまだかな、と思います。次戦以降もっと詰めていけば内容の濃いレース展開になるかな、と思います。」と厳しいコメントであったが、その瞳の奥には篠崎を見守る優しさがあった。

篠崎は誰からも愛される。TEAM TECH2のピットには多くのライダー、関係者が訪ねてきて「頑張れ!」と声援を送る。そして決勝レースには2010年、同期だった長島哲太、大久保光が応援に駆けつけた。彼らの前での優勝は喜びもひとしおだろう。

次戦は5月に行われる仙台SUGO。篠崎がどんな闘いを魅せてくれるのか楽しみである。

Photo & text : Toshiyuki KOMAI