再手術からわずか一ヶ月後の最終戦に出場した加賀山就臣選手が転倒
全日本ロードレース2013年シーズン最終戦鈴鹿。Team KAGAYAMAの加賀山就臣選手は万全では無い体調で臨んだ。2012年9月にオートポリスで負った大怪我は未だに完治しておらず、2013年第8戦岡山の前に再手術を決断して岡山大会は欠場、武田雄一選手が代役として走った。最終戦鈴鹿は再手術からわずか一ヶ月後、リハビリを開始した矢先のレースである。周囲は、治療に専念して欲しいというのが本音だろうが誰も口に出せずにいた。来季に向けたデータ収集、応援しに来てくれるお客様のためにも加賀山選手は欠場しないだろう、と思っていたからである。
金曜日のフリー走行、200Rで加賀山選手が転倒。リアタイヤが滑りゼブラゾーンに乗り上げ、タテ回転の激しい転倒。誰もが「脚をやったか?」と気が気では無かった。
「オレがケビンと8耐を走った?」「3 位表彰台?ウソでしょ?!」
大転倒を喫した加賀山選手、不幸中の幸いで肋骨の骨折だけで済んだが(肋骨の骨折でも大怪我だが)、後頭部を強打したためその後の走行はキャンセルした。脳しんとうを起こした加賀山選手は、メディカルセンターで驚くべき言動を繰り返す。なんと、鈴鹿8耐に参戦したことを覚えていないのだった。
「オレがケビンと走った?」「3位表彰台?ウソでしょ?!」
後頭部強打による一時的な健忘症になっていたのである。最高の思い出さえも忘れてしまうくらいの衝撃だったのだ。もちろん記憶が一時的に飛んだだけで徐々に戻ってきたが翌日の予選を走れるかどうか微妙な状態であった。そこへ河村マネージャーがMFJと交渉して2台エントリーの許認可を得て戻ってきた。ある考えがあったからだ。
「雄一を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
武田雄一選手と共に2台でエントリーすれば、仮に加賀山選手が欠場したとしても武田選手の走りでポイントを獲得し、データ収集もできる。ファンのため、スポンサーのためにもKAGAYAMA号を走らせることができる。2台で参戦するか、加賀山選手1台のエントリーとするか。締切まであと15分しかない。
2台エントリーしたとしても当然ながら、武田選手が予選、加賀山選手は決勝だけ、と言う事は許されない。武田選手は「チームのためなら走るよ」と申し出た。しかし、武田選手が乗るのは先ほど転倒したマシン、しかも事前テスト(鈴鹿)も走っていない。加賀山選手は決断する、「雄一をいきなり予選なんて危険な目に遭わせるわけにはいかない。オレが予選を走ってダメだったらこの大会は欠場する」。Team KAGAYAMAは1台エントリーのままで翌日の公式予選に臨むこととなった。
チームを陰から支える武田雄一選手の献身
武田選手はTeam KAGAYAMA、ダンロップタイヤ開発のためにほぼ毎週のようにテストを行っている。武田選手が集めた膨大なデータはタイヤ開発に確実に活かされており、マシン開発のスピードも飛躍的に向上した。他方、常に加賀山選手のこと、スタッフのこと、チームのことを気にかけ、加賀山選手がレースに集中できるよう裏方に徹する。鈴鹿8耐ではケビン・シュワンツ選手、芳賀紀行選手、そして加賀山選手、この強烈な個性の3人が安心してレースに集中できるように懸命に動いた、まさに女房役である。
もちろんレーシングライダーだから参戦したくないはずがない。加賀山選手の代役で走った第8戦岡山大会。走る直前にこんな事を言っていた。
「(参戦しているライダーの中で)イチバン緊張してるのはボクだと思う」
何故? と聞くと「(岡山は)テストで何百周と走っているけど実戦経験は無い。テストと実践は違う、だからだと思う。」と答えた。
少なからずレースでは結果を求められてしまう。武田選手の岡山大会は予選7位。決勝7位。武田選手は悔しがっていたが、加賀山選手は「テストとレースでは要求されることも違うのだが、予選で設定したタイムもクリアし、レースも完走してくれたのでデータを収集することもできた」と感謝の意を表明している。
強力な信頼関係と尊敬。それがTeam KAGAYAMAの強さ
最終戦鈴鹿。前日の後頭部強打を押して出場した加賀山選手の予選結果は、レース1,レース2共に9番グリッドを獲得。改めて強靱な体力と精神力に驚かされる。迎えた決勝レース。マシンのエンジントラブルが発生してレース1の5周目のシケインで転倒。ヒヤリとしたが怪我はなくそのままリタイア。レース2に向けて懸命の修復作業を行うも、レース2のスタート2周目にトラブルが修復できずこれ以上の走行は無理だと判断、リタイアした。こうして鈴鹿8耐で大きな花火を打ち上げ、日本におけるレース興業の新たな光り・方向性を見出した加賀山就臣選手の2013シーズンは幕を閉じた。
加賀山就臣選手と武田雄一選手、お互いを想い合い、尊敬し、絶大なる信頼をおいているからこその阿吽の呼吸。この二人の結束力はチームにとって大きな前進のパワーとなっている。
いよいよ今週末から2014年シーズンが始まる。今年もTeam KAGAYAMAから目が離せないシーズンとなりそうだ。
photo & text koma