2015年鈴鹿8時間耐久ロードレースは、「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」がヤマハに19年振りに優勝をもたらした。そしてもう一つ、ほぼノーマルのマシンで闘う「スーパーストック(SST)クラス」で「team R1 & YAMALUBE」が優勝を勝ち取り、ヤマハはEWCクラス、SSTクラスの両クラスでダブルウィンを達成した。
全員ヤマハの社員チーム
「team R1 & YAMALUBE」のチームメンバーは全員ヤマハの社員である。監督の藤原英樹氏は「NEW YZF-R1」の開発プロジェクトリーダー。ライダーはSP開発部で実験走行を行う時永真(ときながまこと)氏。過去に全日本ロードレース、鈴鹿8耐への参戦経験があり、2002年鈴鹿8耐ではクラス優勝、総合9位入賞を果たした。そして、藤原儀彦(のりひこ)氏。言わずと知れた元ヤマハのファクトリーライダーで全日本ロードレース3年連続チャンピオンのレジェンド。さらに、ヤマハモーターヨーロッパのテストライダーでワールドスーパーバイク選手権参戦経験を持つジェフリー・デ・フリース氏の3名。この強力な布陣で鈴鹿8耐に臨んだ。
それはひとりのオトコのひとことから始まった
きっかけは時永氏の「この素晴らしいR1でどうしても走りたい」のひと言であったと言う。NEW R1開発において、時永氏は操縦安定性を、藤原儀彦氏はエンジン制御系を、ジェフリー氏は電子制御サスペンション系を担当、「この3人の役者が揃ったら今年の鈴鹿8耐、すごく面白くなる」と思ったそうである。当初は「自分ではなく若手に(8耐参戦は)譲ろう」と思っていたらしいが、「一度素晴らしいマシンに触れてしまうと元には戻れない」病的な誘惑に勝てず、自らの手でサーキット最速を証明しようと藤原儀彦氏、ジェフリー氏に声をかけた。チーム員はマシン開発に携わった人間に拘った。マシンを熟知しているし、自分達が開発したマシンがサーキットで走る姿を見せたかった。
しかし、社員だけのチームで鈴鹿8耐参戦は簡単には実現できない。チーム員の確保から承認まで、様々なハードルが時永氏を襲う。それでもチーム結成できた影にはチーム責任者であるPF車両開発統括部SP開発部実験グループ主査・田中陽氏が様々な部署への打診・調整の尽力があったからこそであると言う。
チーム監督を務める藤原英樹氏。1998年初代YZF-R1の開発からずっと携っている。「サーキットで勝つ」を主軸に明確なコンセプトで開発されたNEW R1。開発スタッフがMotoGPマシン「YZR-M1」に試乗した際に「こんなに乗りやすいのか」と驚いたと言う話は有名だ。それでNEW R1を「サーキットでも扱いやすい」マシンにできると確信したという。その藤原氏、レースに近い仕事はしてきが、意外にもレースそのものに携わった経験がほとんど無く、監督の話を聞いたときは“青天の霹靂”だったそうである。
迎えたレースウィーク。チームは目標としていた2分14秒台のタイムで順調に走行を重ねる。しかしジェフリー選手がデグナー2つ目で転倒。タンクに損傷を受けたマシン(Tカー)は不幸にも燃えてしまう。幸いにしてジェフリー選手に大きなケガは無くその後もメインマシンで走行を続け、2分14秒を切る2分13秒191をたたき出す。チームはなんと夜中の3時までかかって懸命の修復作業を続け、翌朝にはピカピカのNEW R1がピットボックスにあった。
「team R1 & YAMALUBE」はSSTクラス5番手で決勝を迎える。決勝日も朝から晴天。灼熱の太陽が否応なしに気温と路面温度を上げていく。11:00の時点で気温34度、路面温度54度。確実に路面温度は60度を超える。タイヤにとって、マシンにとって、ライダーにとって、非常に厳しく長い8時間のレースがスタートした。
ファクトリーに代表されるEWCクラスのような10数秒のピット作業は設備や道具の観点から無理だ。しかしピットインのタイムロスは極力避けたい。そこでチームは「タイヤ交換を2回」にする作戦を取った。つまり1セットのタイヤで3スティント(=約450km)を走るのである。これはタイヤの性能がカギを握る。今年の8耐はSCが6回も入る波乱の展開となった。しかしチームはこのSCを逆手に取り、1スティントの走行周回を増やした。特に第2スティントと第4スティントを27周まで引っ張り、9回ピットを7回まで減らすことに成功した。この作戦が功を奏し見事クラス優勝を勝ち獲った。
合い言葉は「No Excuse」
今回、ブリヂストンの取材で「team R1 & YAMALUBE」を密着する動画撮影クルーとレポーターの女の子が入っていた。決勝レースのピットイン前、誰もがピリピリした雰囲気の中、撮影クルーがちょっとした邪魔をしてしまった。イラついた雰囲気が漂うピット内に対してゼネラルマネージャーであるPF車両ユニットPF車両開発統括部SP開発部長西田豊士氏が「そんなこと(撮影クルーのミス)を気にしている時間があるなら、自分の仕事に集中しろ!」と一度途切れた集中力を元に戻すための指示を出す。勝つために、チームがまとまるために、何をすべきかを把握している指揮官をみた。
「No Excuse・言い訳はしない」。NEW R1開発時に藤原英樹氏が立てたキーワードだ。その「No Excuse」を合い言葉に、ライダーも、メカニックも、スタッフも、指揮官も、全て「サーキット最速のNEW R1を証明する」という目的のために一丸となって闘った。その結果が「team R1 & YAMALUBE」のクラス優勝だった。
photo & text : koma
※「team R1 & YAMALUBE」の密着取材を通じて鈴鹿8耐の魅力を伝えるブリヂストンの動画サイトはこちらです。