新しい形態のレーススポンサードを模索する山口 辰也の挑戦

2021/05/02

2021年4月全日本ロードレース開幕戦もてぎ。決勝レース前に降った雨、レインタイヤを選択した山口辰也は序盤2番手まで順位を上げる。2016年雨の岡山大会での優勝を思い起こさせる好走を見せた。しかし、雨が止みドライ路面になってくると徐々に順位を下げていく。「絶対に転倒はできない」山口のこの言葉の意味を後ほど知ることになる。開幕戦は19位。不安定な天候に翻弄されたとは言え不本意な結果で終えた。

山口は自らのチーム「Team T2y」を興してST1000クラスに参戦をしている。昨年はランキング9位。そして新しい形態のレーススポンサードを目指している。Team T2yのメインスポンサーは高橋練染株式会社株式会社プランビー(PlanBee Inc.)。そしてクルマのエアロパーツ製造販売のNOBLESSE(ノブレッセ)。

通常のスポンサードは企業からの協賛金でレース運営を賄う。山口は協賛金以外に「スポンサー企業の一員として自ら稼いだお金」でレース参戦を行っている。
どう言うことか。

山口は高橋練染株式会社が事業展開する「KOKORO CARE」のアンバサダーとして活動すると共に「DEOFACTOR Casa」の正規代理店として活動を行っている。自ら営業して契約を取得。その売上金をチーム運営資金に回す。高橋練染株式会社から材料を仕入れるのでスポンサー企業にもお金が入る。上図のような座組をPlanBeeでも行っている。「スポンサー企業のステッカーを貼って走るだけでは無く、スポンサー企業さんにもお金を還元し、自ら稼いだお金でレース活動を行う。そんなスポンサードのカタチを定着させたいのです」と言う。

高橋練染株式会社は長年の正絹織物の練染加工から衣類や繊維製品に付着する有害物質を分解し、無害化する技術「DEOFACTOR」「進化銀」という薬剤を開発。「KOKORO CARE」と言う事業で展開している。DEOFACTORは抗菌ではなく「抗カビ」。菌の増殖を抑える抗菌に対して、菌を減らすことができるそうである。生地加工技術の研究により開発されたDEOFACTORを施工用にリプロダクトしたのがDEOFACTOR Casa。DEOFACTORを施設や住宅の壁面に塗布することにより抗ウイルス・制菌効果を発揮してウイルスの分解を長期間持続し、防臭・制かびを実現させるという。

山口をはじめチーム員全員、このDEOFACTOR Casaを塗布する免許を取得。みながDEOFACTOR Casaの営業活動を行っている。

KOKORO CAREにはもう一つ代表商品「IS-X NORO CLOSER」がある。銀が持っている制菌力に注目し、水分と反応した際に発生するイオンをさらに強力にすることでウイルスや細菌を徹底除去するよう改良した“進化銀”を採用したボトルスプレー。山口はホンダドリームのチームで走っていたときのツテを使い、ホンダドリーム全国店長会議で「IS-X NORO CLOSER」を紹介、店頭に置いてもらうようになった。自らホンダドリーム店に出向いて販促イベントも行う。来店客のヘルメットを預かり、「IS-X NORO CLOSER」を塗布して乾かす間に店内で商談。終了後ヘルメットを受け取ったお客様は臭いが無くなっていることに一様に驚くという。筆者もサンプルをもらい、ペットが吐いてしまったクッションに塗布してみたところ全く臭いが無くなったことに驚いた。

PlanBee」は新潟にある電解水生成器、コーヒー関連商品開発販売、電力販売事業を展開する会社。バイク好きで走り屋だった井利元聖史社長が山口を評価しており、2011年頃に元ハルクプロの森新氏が紹介した。以来スポンサードを受けている。Team T2yのピット内にもPlanBeeのコーヒーメーカーが置かれている。桶川のミニバイクレースに山口が出向き、現場でコーヒーサービスを行ったり、SNSで発信している。山口辰也ページ経由でPlanBeeエナジーに切り替えた場合は山口にフィーが入る仕組みを作り、それもレース資金に充当する。

山口の周りには常に協力してくれる人が集まる。今年の参戦マシン:ホンダCBR1000RR-Rは、名古屋のエアロパーツ製造販売の「NOBLESSE」から借りている。窪田一郎社長が山口の男気に惚れて付き合いが始まった。今シーズンが終わったらステッカー類を剥がして元に戻して返却するそうだ。今回、フリー走行でフロントブレーキキャリパーにトラブルが発生したのでもう一台借りているCBR1000RR-Rから拝借して装着した。

とは言え、やはりレースにはお金がかかる。特に山口のようなプライベーターは参戦費用からパーツ購入・メンテナンスまで含めると相当な金額となる。だから「絶対に転べない」。だから昨年は走行の度に新品タイヤを履いていたが今年は予算的に厳しく中古タイヤでの走行を重ねる。それでも公式予選で1分51秒528と昨年のコースレコードからコンマ3秒遅れの位置にまで持ってくるところが山口の底力である。

迎えた決勝日。お昼くらいから降り出した雨でウェット宣言が出されたものの、ヘビーウェットまではいかない微妙な路面。スタート直前、山口のピットはバタバタとしていた。雨をどう読むか。出した結論は「レインタイヤ」。この状況で確実に走り切れる方策を選択した。ブレーキディスクはユタカ技研のレース専用を使用している。2枚のうち1枚が前日の走行で破損してしまい、1枚しか残っていない。スリックタイヤについていたブレーキディスクをレインタイヤに付け替える作業を行ったのだ。懸命に作業するピットクルー。山口は「慌てなくて良い、時間はあるから確実に交換するように」と声をかける。ピットロード出口封鎖1分前を切るギリギリのタイミングでコースインした。

決勝スタートして再び雨が降り出した。レインタイヤで走行する山口はみるみるうちに順位を上げ2番手まで浮上する。「このまま雨が降り続いて欲しい」と思ったが、雨は止み路面はレコードラインから乾いていく。そこで「最後までに走り切る」ことに切り替え、我慢のレースとなった。結果は19位。決して満足のいく順位ではない。でも転倒だけは避けなくてはならない状況下ではやむを得ない。

「スポット参戦の我々はピットではなくここ(Bパドック)のテントです。ホンダやパーツメーカーの人たちと情報共有したいけどなかなか会えません。タイムロスしましたがマシンのセットアップに役立つ情報を共有できました。ウィーク中に詰めていったセットアップで一番良い状態が決勝レースでした。勝負を賭けるならばスリックタイヤで攻めたかったのですが、我々は絶対に転んではいけないので、確実に走りきれる方を選択しました。この状況では仕方ありません。

本来ならば次のSUGOで今回学んだ事を活かしてさらにセットを詰めたマシンに仕上げて臨むのですが、資金が無いので次に参戦するのは恐らく秋の岡山大会です。明日からまた各自仕事に戻り新たな契約を取ってお金を貯めます。できれば7月の鈴鹿から参戦したいのですが、こればかりは何とも言えません。」

「スポンサー企業の一員として働き、スポンサー企業にもお金を落として参戦する」今までには無いレーススポンサードの形態で挑戦する山口。ギブアンドテイク。そこに企業とチームの真の相互信頼関係が生まれる、と言う山口の言葉通りTeam T2yは非常に良好な関係にある。

全日本ロードレース第2戦鈴鹿に山口の姿があった。事前テストでケガをした國川浩道の代役で古巣のTOHO Racingから参戦した。久しぶりのJSBマシン。「JSBとSTでは仕様が全く違うので比較はできませんが、足廻りのセットアップの詰め方など、自分たちのチームにも応用できることが多々ありましたので活かしたいと思います」

次にTeam T2yを見られるのは岡山か、鈴鹿か。できれば鈴鹿でその走りを見てみたい。

Photo & text : Toshiyuki KOMAI